この国を良くするリーダーを決める選挙

選挙とはなんであるのか、などと問うと、なにをいまさら、という答えも聞こえてきそうである。民主主義社会において、選挙とは、主権を持つと定義される国民が、その声を政治に反映される最も効果的な制度とされる。

この国を良くするリーダーを決める選挙

日本においては、明治維新後、国民による選挙によって為政者が選ばれてきたわけであるが、その制度は第二次世界大戦後に完全な普通選挙制、つまり男女を問わず成人全てが参政権を持つ制度が完成するまでは、様々な変遷を経たのである。

納税額、つまり収入により選挙権が規制されていた時代が長く続いたと同時に、男性のみが参政権を持つという今日から見れば完全に男女差別として強い非難の対象になる制度も長らく続いた。

今日当たり前とされる選挙権が全ての成人に与えられるようになったのは、実は長い歴史から見ればあまり遠い過去のことではないのである。

同時に、その権利を行使するかどうか、は、個人の判断に任されている。様々な理由から、あるいは政治に対する単なる不信から、投票に行かない人たちが多くいるのも、今日の日本における現状といえるだろう。

投票に行っても、自分の一票では何も変わらない、選挙なんて所詮集票を多くできるグループが勝つだけのゲームであって、一般の国民がひとりひとり投票に行くことなど無意味だ、という意見も根強くある。

このような、アナーキーとも言える意見が、真実の一端を示しているといえることも、事実である。

完全に個人個人が自分の意見を強く持ち、その信念に基づいて投票する、という状況は理想ではあるかもしれないが、実際にそのような社会は世界を見渡しても、あるいは歴史を振り返っても、存在したことはないし、今後も存在することはないであろう。

同時に、そのような人間のリミットを受け入れた上で、国もしくは地方自治体という集団を運営する上でどのような政治制度が良いのか、という議論に立ち戻るとき、ほかの様々なシステムと比較した上で民主主義制度が優れている点は多くあるといえるだろう。

選挙制度がまったくない独裁体制の国の数は減っているとはいえ、現在でも厳然として存在するし、そのような体制の国のほうが国民の不満がたまりやすく、結果として体制も不安定になりがちであることは、歴史が証明してきたことであるといえる。

そのような大局的な見地を忘れることなく、日本という国で私たちに与えられた参政権の重要さを改めて認識し、積極的に参政権を行使し投票に行くように心がけたいものである。